その日に限ってのことだった。
昨晩、祖父が教えてくれたとっておきの秘密を確かめに、シムストの川べりに行っていたのだ。
炭石(炭のように黒い砂利)の集まる川べりで、希に鮮やかな色のついた石を見た。妙な石がな―――あぁ?爺も実際に目にしたわけじゃねぇ。下っ端のザックスが言っていたのさ。あいつは暇な野郎だ、たまにジフニールが変なものを落としていくのを目敏く見ていやがった。
ん?お前は一々質問の多いガキだな。爺は忙しい。過労死寸前だ。お前に構う暇があっても、川べりにいく暇はもっとらん。 さぁ、もう子供は寝る時間じゃ、黙って寝ろ。
さほど世間を知っているわけではなかったが、鮮やかな色彩をもつ物体が如何に貴重かという事は流石に子供でも知っている。一体どんな石なのだろうと、頭の中を想像の石でいっぱいにして、期待に小さな胸がはち切れそうだった。僕は、絶対に朝一番にこっそりと部屋を抜け出してから、探しに行こうと心に決めた。祖父を驚かせたい一心からだ。
実際、目の当たりにしてみるとそれは想像を遥かに超える素晴らしいものだった。
目が眩むような色彩。その石は、キラキラと光り輝いているのだ。何故光るかは分からないが、とても綺麗だと思う。
思わず時間を忘れて、炭石の海から石を拾い集めた。炭石は柔らかいので触れるだけで手が真っ黒になってしまうが、この気分の高揚に少しも水を差すことは出来なかった。朝一番に出たというのに、やがて空の色が変わり始めたことにも気づかないほど熱中していた。どす赤い色がシミのように徐々に空を覆い尽くす。
それでも構いやしなかった。思う存分、不思議な石を拾い終えると意外と重いことに気づく。名残惜しいがその中でも選りすぐりのものを、ズボンのポケットに詰めて僕は駆け出した。
駆ける足がとても軽く感じ、今なら翼なんか出さなくとも宙を蹴り上げて飛べそうな気すらした。
途中、街中でも異変はあったのだろうけど全く気づかなかった。
祖父に一刻も早く会いたい一心で駆け抜けた。
何も耳にも入ってこない。目は、ひたすら屋敷に行くまでの道だけを映した。
ただ、息せき切って屋敷の扉を開くと、屋敷の中はとても静かだった。そこで初めて異変に気づいたのだ。
屋敷の中が。街中が緊張している。
残っている塊の顔を伺うと、武器の扱いに長ける者、クラスの高い使い魔はほとんど出て行ってしまったらしいということが分かった。ということは、勿論、祖父の姿ももはや此所にはないのだろう。
屋敷には戦う事が出来ない従者や使い魔の中でもとりわけ弱いモグル(弱小種族、主に手伝いだけが役目。)だけが取り残され、各々小さな塊を四隅で作り何かを話し合っている。顔を真っ暗に曇らせながら、天使の侵攻だとか、ライラネオルの奴らの報復だとか、奴隷共が反逆の旗を翻したのだ、内容は様々だったが、ただ皆が皆、共通して「戦」だと言う。その正体を口々に囁くも、誰もが皆、はっきりと事実は知らないようだった。
茫然と入り口で突っ立っていると、モグルの中でも僕がとりわけ好いているジャイニが近づいてくる。
彼の顔もまた暗い。訛った魔族語で、とても言いにくそうに僕に話しかけてきた。
「アウム、アウム(坊や、坊や)。御国から命令が出ちまったでね、爺さまは遠くにいかれたでよ。大きな戦争だど。爺さまは………」
どんどんと音が遠ざかり、辺りの空気も命も見えなくなった。ただ、ポケットの中身が急に重みを増して、体全体が重くなってしまったように感じる。さきほどまでの軽さが嘘のようだった。
顔をちゃんと持ち上げていることも億劫になって、その場で僕は俯いた。
帰ってくるまで胸にあった抑えきれない感情が風船のように萎み、空しさだけが残る。
ただ、ただ何年も自分の元から祖父を奪っていく戦争がにくたらしかった。
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